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「怒り」と向き合い学び続けてきた三上淳さん(写真提供:三上淳さん)
体罰が「当たり前」だった子ども時代
三上さんの父親は陸上自衛隊に勤務しており、通っていた小学校は自衛隊のご家族の子どもが大多数。当時は暴言や暴力に寛容だった時代。小学校でも、通っていた水泳クラブでも、体罰が当たり前だったといいます。
「殴られて帰ってきて、その事を両親に言ったら『お前が悪い』と言われて終わり。それが“当たり前”という時代で、私もそれが普通だと思っていました」
小学校時代、選手コースに入っていた水泳クラブでは、2時間で6、7000メートルを泳ぐような練習も珍しくなく、練習中に水分を取ることも許されなかったそうです。
みずからは体罰を道具にしなかった。その理由とは
それでも、三上さん自身が大学時代に水泳クラブのコーチとして子どもたちと向き合うようになった時、自分が受けたような暴力的な指導をすることはなかったそうです。
体罰が「普通」だった環境で育った三上さん。
なぜ、みずからは体罰を手段にしなかったのでしょうか?
そのことについて訊ねると、三上さんはこう即答しました。
「親から受けた教育が良かったから、だと思います。両親は本当に厳しかったですよ。正直、なぜあんなに厳しくしたのかという気持ちもあります。でも、『どう生きるべきか』という背中は見せてくれたと感じていて、そこが(体罰に頼ることがなかった理由として)大きいと思います」
スポハラ検定初級が「再確認」させてくれたこと
大学では地理学を専攻し、大学院まで進学した三上さん。大手物流企業の配送チームリーダー、レジャー系アミューズメント会社の従業員と、現場で人と向き合うキャリアを重ねてきました。
その従業員時代、三上さんはたびたび利用者から怒りの矛先を向けられたそうです。そんな日々で積み重なっていく疑問が、やがてスポーツハラスメント検定の受検へと繋がります。
「お客様から強い言葉があった時、自分自身も感情が揺れることがありました。そこで、怒りって何なんだろうという疑問が湧きました。それまで自分の怒りも、相手の怒りも、仕組みを分からないまま接客の仕事を続けていました」
そんな三上さんが「スポーツハラスメント検定初級」と出会ったのは、夜のラジオ番組「NHKジャーナル」で特集を耳にしたことがきっかけでした。
「ラジオで『スポーツハラスメントZERO協会』の存在を知って、自分はこれもちゃんと学んだ方がいいな、と思って受検しました」
受検して印象に残ったのは、テキストの根底に「人権」という考え方が一貫して流れていたこと。
「テキストのベースが人権なんです。それがすごく大事なところなんだと、あらためて分かりました。まず人権という揺るがない基盤がある。それが本当に大事なことだと理解できました」
三上さんにとってスポーツハラスメント検定は「再確認できる場」だったと振り返ります。
「アンガーマネジメントについても学んでいたので、『そうだよね、その通りだよね』『こういうふうに伝えていけばいいよね』と、スッと腑に落ちました。再確認の場として、とても価値があったと感じています」
スポーツも組織も「人ってなんだろう」に立ち返る
現在、三上さんは地元自治体の「協働のまちづくり」に関する審議会のメンバーとして、子どもたちのサードプレイス(居場所)づくりにも関心を寄せています。学んできた知識を、地域や子どもたちのために活かしていきたいといいます。
「スポーツの団体の運営も、会社組織の動かし方も、実は根っこの部分はとても近いと感じています。スポーツハラスメント検定やセーフガーディング検定は、スポーツ領域だけにとどまらず、社会のいろいろな場面で活かせる学びだと思っています」
そして、かつて自分が経験した時代を振り返り、こう語ります。
「『スポーツ』という言葉は、もともと『楽しむ』という意味が語源なんですよね。それを思うと、これからの時代は、もっと柔軟に、多様な価値観を取り入れながら次の世代に伝えていく必要があるんだろうなと感じます」
「『人ってなんだろう』というところに立ち返って、スポーツを楽しんでいけたらいい。そして同じ姿勢を、会社や組織の中にも持ち込んでいけたらいいなと思っています」
昭和の厳しい時代を生き抜きながら、懲罰的な指導を無自覚に継承することなく、学びによってアップデートを続けてきた三上さん。そのまなざしには、温かさと強さが宿っています。
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https://supoharazero.org/requirements/
取材・執筆:一般社団法人スポーツハラスメントZERO協会